2013年01月12日

移行

 今後はこっちでたまに書くかもしれません。
 http://tomo-nashi.hatenablog.com/




posted by トモナシ at 23:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

2012年だった

 2012年も色々なことがあった。皆さんはどんなことを思い返すだろうか。一生懸命絵を描く黄瀬やよいちゃん、お父さん想いの黄瀬やよいちゃん、アカオーニと戦うキュアピースたん、どんな場面を思い返すだろうか。もちろん楽しいことばかりでなく、嫌な思いもたくさんしただろう(スマイルプリキュアが高校野球で放送されなかったことなど)。それでも健康で無事に1年間生き延びたことに、僕は胸を張りたいと思うし、SAOの直葉ちゃんの胸を触りたいと思っている。

 さて2012の僕のインターネットである。ニコニコ動画においては動画を3本投稿と、ニコ生を約半年配信した。発信側としてはゆるやかに収束している。今後も色々なタイミングが重なった時には投稿などすることはあるかもしれないし、多分正月休み暇なので年明け早い段階でちょろっと投稿するような気がするが、以前のようなドップリ投稿者に戻ることはないのでそこは軽い気持ちで見ていただければ幸いである。

 twitterに関しては引き続きつぶやいている。僕の把握している限り下は12歳から上は45歳くらいまで読者がいるようなので、一体どの層に向かってつぶやけばいいのか迷うところではあるが、とりあえず「コミュ障が辛い」「テニスサークルが憎い」という普遍的な怨嗟を放出し、同じくコミュ障のフォロワーさんが受け止めるという何の生産性も無いインターネットを繰り広げている。せめて皆さんが「ああ、自分以外にも悲劇的なコミュ障が存在しているのだ」と認識することで自身のコミュ障不幸成分を薄めて強く生きていって欲しいと願っているし、おひさまみたいに照らす笑い顔消えないきらめきみんなが持っていると思うし、エイプリルフールで嘘をついたキュアピースたんは本当にかわいかったよね。
posted by トモナシ at 21:11| Comment(13) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月08日

歌ってみたかった

 歌ってみたを投稿したきっかけを考えてみようと思う。考えるということは自分でも分からないということでありドラマティックなきっかけは出てこないと思うが、「どうして歌ってみたをしてみようと思ったんですか?」「下手な上に声もキモイのに?」「頭おかしいんですか?」といった質問を時々いただくので自分なりに記憶を振り絞ってみようかと。

 まずはその頃僕には時間があったということが挙げられる。何故時間があったかというとその頃僕は空白のキャンバスに未来という名の絵を描こうとしていたからだ。要するに無職だ。
 無職といっても次の就職先は決まっていて就職活動をする必要もなければ皆さんご存じのように友達がいないので外出する必要もなく、時間を持て余していた。

 そこでニコニコ動画に投稿してみようと思い立ったわけだが、何故歌ってみただったのかは正直分からない。そのときよく歌ってみたカテを見ていたからかもしれない。しかし今考えてみるとよく思い切ったと思う。聴いてもらえれば分かるが、まず歌が致命的に下手だ。あと声が気持ち悪いし、僕は自分の声が嫌いだったはずだ。声がというか自分の口腔から発せられるもの全てが嫌いだった。自分のコミュ障感やキョドリがダイレクトに声色に乗って相手に流れるということが嫌いだった。恥ずかしかった。

 顔の見えないネット上だから開き直れたのだと思う。僕の動画投稿の感覚は、このブログの投稿のようなものだった。テキストでなく、たまたまニコニコ動画の歌ってみたというコンテンツを通したアウトプットだ。ひとり言のように、でも誰かに聞いてもらいたい、笑ってもらえれば儲けもの。そんな軽い想いだった。
 もちろんきっかけなど人それぞれで、僕のような軽い気持ちの人もいれば、「歌が好きだから」「産まれてきたときの第一声が『他の動画で私の名前を出すのはやめて下さい』だった」「みんな抱きしめて、銀河の果てまで!」など色々あるのだろう。僕はそれでいいと思う。

 結果的に、本当に結果的にだが、僕の動画はそのクオリティからは想像を絶するほど見てもらえた。僕は今なら「歌ってみたにして良かった」と言える。
 少し救われた気がした。キョドって友達がいないと公表しても、あれほど嫌いだった声でも、ちゃんと受け入れてもらえるんじゃないか。『キョドってるし声も気持ち悪いし全体的に気持ち悪いし・・・』。あの頃の僕よ、そんなことは全然関係なかったんだ。


posted by トモナシ at 00:04| Comment(17) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月01日

最近のニコニコ動画

 「最近のニコ動はニコニコできない」というのは本当なのだろうか。少し「最近のニコ動はニコニコできない」について本気出して考えてみようと思う。

 まず「最近のニコ動はニコニコできない」と言っている人は「最近のニコ動はニコニコできない」と判断できるほど最近のニコ動を見ているのだろうか。ニコ動よりもxvideosを見る時間の方が長かったりしないだろうか。それでは公正さに欠けるのではないか。

 あるいは「最近のニコ動はニコニコできない」から最近のニコ動の滞在時間が減りxvideosを見ているのだ、と反論されるかもしれない。その場合、この「最近のニコ動はニコニコできない」により何を訴えたいのだろうか。xvideosこそが真のニコニコ動画だ、ということだろうか。

 僕はこれを怨嗟の声だと捉えている。居場所を奪われたと感じた者達の嘆きである。
 勿論これは大きな思い違いであり、わりとウザがられる言動であると思う。しかし僕はそれを責める気にはなれない。インターネットであり、ニコニコ動画である。かつてのその場所に集った者達に、満たされた人間がどれほどいたのか。若干キモい感じがデフォルトであったようにも思える。あるいは物凄くキモかったかもしれない。いずれにせよ、居場所を安易に見つけられるゆるふわシャイニングガールではないのだ。代替を探り当てるのにどれほどの労苦が必要になるのか。粘着するのが当然だ。

 「それはランキング上位ばかり見ているからだ。これだけ動画があるのだから、自分に合ったものを見つけ出していけばよい」とおっしゃる人もいるだろう。ナンセンスだ。そんな素敵な思考回路の持ち主なら、最初から呪詛の声を吐き出したりしない。憎いのだ。彼等は、ただ憎いだけなのだ。どんなにアニメが面白く、フィギュアをペロペロする事に満足していても、メインストリームの煌めきが憎いのだ。テニスサークルが憎いのだ。メインストリームに所属していない自分が、間違っている(と思われている)のではないかという劣等感に苛まれるのだ。反論したいのだ。動画サイトという世界だって同じだ。自分が近寄れず、自分の見える場所で、ワッショイワッショイ楽しそうにしているのが気に入らないのだ。しかもそれはかつて、自分が居たはずの場所なのに。

 それにメインストリームは厚くなる。そこに人や物が集まる。需要に応じて供給は熱を帯びる。老人が選挙の票の多くを握れば、政治家は老人に向けた政策を積極的に打ち出していく。その恩恵に享受できない者はつぶやくのだ、「最近の政治は駄目だ」と。

 これまでもインターネットのコンテンツは同じような事を繰り返してきた。それほど長くない周期でだ。「最近のニコ動はニコニコできない」も、なんら特筆すべきことではない。結局我々は、新しいインターネットを見つけるか、リアルワールド中心にやっていくか、「最近のニコ動はニコニコできない」と文句を言いながらも粘着していくか、いずれかしか対処法はない。最近のニコ動が、昔のニコ動に比べて劣化したわけではないのだから。


 ただ、「ニコファーレ」はないと思う。

posted by トモナシ at 00:16| Comment(19) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

ありがとうサンキュ

 仕事で喋ることが必要な部署に異動になったため再開したニコ生ですが、約1年間行い無事にその役目を終了します。(「まだ全然喋れてないよ?」「むしろキモさが増してるよ?」といった意見には積極的に耳を塞いでいく所存です)

 そして仕事その他なんやかやでなんやかやなので、今後は少しインターネットの時間も減らしニコ動の滞在時間も短くなり、プレミアムも解除すると思います。とはいえ慢性の「インターネットが無いと死んでしまう病」に侵されているので全くインターネットをしなくなることはあり得ませんし、少しずつでも執拗にネットウォッチをしていきたいと思いますし、何かタイミングや環境や思い付きがうまいこと揃えばいつか動画かなんやかやをうpする事もあるかもしれません。その時はよろしくお願いします。

 ただ、ここからはリアルというコミュ障には辛すぎる環境を主戦場として奮闘していかねばなりません。拙いものでもコメント等でニコ動ではわりと好意的に受け入れていただきましたが、もしかするとそれは僕が動画等を作る際の「相手に楽しんでもらえるといいなあ」という想いが伝わったのが理由の一つなんじゃないかなと思っています。実際には僕は全くおもしろくもなんともない人間ですが、全く無いものは出せないはずなので少なくとも僕の中の何処かにそういったサービス精神のようなものは存在していると信じて、少しずつリアルの社会でもそういった気持ちで人と接していければいいなと思ってます。(キョドリながらでも)

 ここまで、才能を形にした訳でもない完全に視聴者側の人間の僕による動画投稿やニコ生で一緒に遊んでくれてありがとうございました。一人一人にお礼を言いたい気持ちでいっぱいですが、その余裕の無い人間で申し訳ないです。

 最後に一つだけ皆さんに。僕を見つけて楽しんでくれた方は多分、ネガティブに見えて根幹には楽しもうという意志のある人だと思います。生きてればいいことあるぜなんて気楽なことは言えませんが(僕もわりとハードだったので)、その意志があれば人生は絶望する程には無価値なものではないと思いますよ。なのでまずしっかり食べてしっかり寝て、辛いときは凪がくるのを待ってみてください。

 ありがとう。笑顔になれ。
posted by トモナシ at 22:29| Comment(116) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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